4つの学び

 

 

 

『緊急事態宣言』の下にある日々です。

 

 

 

外出がきわめて制限されています。

病魔を運ぶこの敵には怖れも湧きます。

またこの異常さが終息するように祈りもします。

 

 

 

それとともにこの異常な現実にどのように

向き合えばよいのかと思い巡らしもします

 

 

 

上手な安全策はどのようにする事なのだろうと

確かなふるまい方を探しもします。

 

 

 

そういう中で、この敵の破壊的な動き・暴力的な

動きを見据えながら今までの自分の生き方や心構え

を変える方向にも促されます。

 

 

 

この悲劇的な状況をしっかり見据え

「学ぶこと」もするようにと、促されます。

 

 

 

「学ぶ」ということは、また「生き方をかえりみる」

こととも言えます。

 

 

 

そして、自分の力の限界を思い知らされる

ところからより、真実味のある道筋が幾つか

見えて来て私にもなんとかまとまって来ました。

 

 

 

皆さまと分かち合いたいです。

 

 

 

学びをして変わるのがよい4方向は

 

 

 

(1)暮らし方に、どこかにリキミがあって

   多忙に向かっていたけれど、力を抜いて

   ゆったりと暮らすように促されている。

   ゆったり本来の自分に帰って一刻一刻

   大切に時を過ごすように促されている。

 

 

 

(2)人間同士、どうしても心の殻があって

   心の芯から受け容れ合えない日々だったけれど

   今は、もっと互いは謙虚さが湧いて

   互いを受け容れ、助け合う心になるよう促されている。  

   人間同士、互いをいっそう思いやり、助け合い

   協力し合うようにと、促されている。

 

 

 

(3)作られたこの世のものを必要以上に大事にする日々

   だったけれどもっと霊的な物事に重点を置くようにと

   促されている。

 

 

 

(4)この病いに感染するならば、自分のために良くないばかりか

   周りの人々を初め、すべての人々、社会全体にまで

   大きな迷惑・困難をもたらす。しっかり誤りなく生きること

   社会の一員として十分責任を取ることへ、促されている。

 

 

 

このような、4つの「学び」は、凶悪な敵に一生懸命対抗するなかで

むしろそのひっぱくするがために正しい歩みに立ち帰る「学び」が

できるのだなあと、喜べる面も見ています。

 

 

 

害悪を通してだけれど人間の真価をかち取るという喜びが見えるので

そういう「学び」を、押し進めたいです。

 

 

 

皆さまは、どう思われるでしょうか?  

 

 

そんごくう

 


コメント
どこを向いてもコロナ一色で、全てを覆い隠してしまったようですね。 以前の状態に戻ることはできないと、多くの人が感じているようです。 では、ここからどこに向かうのか・・と、やはり多くの人が考え始めています。

デ・メロ神父様の本に、「変化は破壊」という言葉があったと思います。 彼は良い意味で使われていたのですが、それを読んだ時、私はとても怖かったのを思い出します。
でも、確かに、破壊されたところに新しいものを建てていくことはのほうが、出来上がったものを大幅に修正するよりも簡単ですよね。

ウイルスは、人にとって不都合ですが自然のものです。私たちを取り巻く、他の色々な被造物の中の一つです。 このような大きな事態になったのは、どちらかというとウイルスの側でなく、グローバル化や複雑な大消費社会など、私たち、人の側の事情によるものです。 今まで築いてきた生活の形がこういう状況を内包するものなら、自分はこれを続けたいだろうか・・・? という単純な問いから、始めたいと思います。 私が本当に欲しいものは何なのか?

コロナに罹ったりうつしてしまったり、生活に困窮したり、将来が不安になったり、自分や周りの人に様々な状況が巡ってくると思います。しかし、その場その場で、自分が感じる「するべきこと」を落ち着いてやっていきたいと思います。 「するべきこと」が私に示されるように願っていますし、示されたときにそれを感じ取れるようになりたいと思います。 

このようなことを、明確な形で意識できるようになったのは、このコロナ事態で、自分の中になんらかの「破壊」が起こったからなのかと思ったりしています。
  • ルリコ
  • 2020/05/01 11:29 AM
るり子さん、お便りありがとうございました。

このような新事態の中にあって、大切なことの一つは、そこに何を見出し、何を感じ取って、事態の中を通って行くかということですよね。
るり子さんのそういう歩み(心の動き)を丁寧に分かち合っていただいて、共感するところが多いです。そして、人生に仲間が得られる感じです。

たしかに「するべきこと」を見つけることが求められます。そのするべきことは、励まし合いかしらん? 落ち着いて相談し合うことかしらん? 
「中止」「キャンセル」の回数が重なりました。
そうする中で、るり子さんが心の中でなさったところを、私も少々しました。
「今まで築いてきた生活の形がこういう状況を内包するものなら、自分はこれを続けたいだろうか」という問いを、自分も持ったのだなあ、と、るり子さんと共に再確認しました。
「目指していることに向かいながら、違うこともできるのだろうか」とか、「違うやり方ならできるだろうか?」とか、思い巡らします。
そして、その奥に、たしかに、「私が本当に欲しいものは何なのか?」の問いが来ますね。
そして、この問いは深くて大きい。すぐには答えが出ませんが、今回の事態は、そういう大事なことを「問う心」にしてくれました。
教皇さまは、このわからない出来事に直面しながら、「神様はすべてをゆるす。人間はときどきゆるす。自然は道をはずれれば決してゆるさない。」とも話されたそうです。
神様は、「ゆるさない自然」とともに、そこからも人間を育てようとしてくださるのでしょうね。
  • そんごくう
  • 2020/06/12 6:16 AM
久しぶりにブログを見たら、私のコメントにお返事があり嬉しかったです。 そんごくうさん ありがとう!
私は、新型コロナウィルスの流行が本当に不思議な出来事に感じられて仕方がありません。感染力が強くてあらゆる人に移っていきますが、重症化率が低いので、大げさな防備をするわけにいかない。 言ってみれば、薄く広範囲に広がるとういか・・ある意味、平等な性質を持っています。 また、基礎疾患のある方や高齢者が重症になる・・というのは、コロナに限ったことではないので特筆することではありません。 
自分を過剰に守ろうとすると生活が成り立たなくなり、いい加減に扱えば自分だけでなく、特に自分の身近な人を巻き込んでしまう。 

コロナはとても常識的な説教師のような気さえします。 いくら自分が気を付けてもどうにもならず、委ねなくてはならないこと、受け入れなくてはならないこと。 現代人は特にそういう心に欠けてると思うのですが、コロナによる状況って、「自分で何でもどうにかしていく」という現代人の傲慢さを容赦なく攻撃してくると感じてます。
だからって、 コロナ歓迎!などと短絡的なことは思っていませんが。

今こそ、大切なことは信じて行う・・そして、その後のことは神にゆだねる 信仰をはぐくんでいくときなのではと感じるのです。

  • ルリコ
  • 2020/08/04 5:29 PM
コメントする








   

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< October 2020 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

書いた記事数:15 最後に更新した日:2020/07/30

search this site.

others

mobile

qrcode